公爵夫人の猫
公爵夫人は咳一つ
「全く此処の料理人、胡椒が多くてかなわない」
だけど猫は識っている
識っているから笑ってる
夫人、夫人、公爵夫人
其れは胡椒《プワーヴル》でも塩《セル》でもない
"取りすぎ躰に悪い"というのは ちいとばかし似ているが!
* * *
彼女が死んだと聞いてから如何にも煮え切らない思考に囚われている。
"子を喪った"其の日から彼女はまるで糸を切られた操り人形の様に唯静かに瞳を伏せ口を噤み、其の口が開いたとしても嗚咽を零すばかりで饒舌な言葉を聞ける事は終に無かった。纏う衣装から迄も華やかさが消えて、選ぶのは決まって装飾の少ない宵色の物ばかり。其れを他の貴族は"日々喪服を着込んで居る様で余りにも憐れだ"と囁いては同情と好奇の視線を投げて居た位で在るし、――嗚呼きっと。今日此の日の彼女の死に関しても甘い紅茶に注ぐ一滴のバニラエッセンス代わりの噂話として取り扱われて、最後には"子の死を気に病んだ末に病に伏せて仕舞われたのね"と結ばれる事になるのだろう。死の理由が濁されている事を、好い事に。
( 嗚呼其れなら俺は如何する? )
小瓶を緩り傾けてミルクを零せば銀の先で紅茶を掻き混ぜて、其の侭ティーカップに視線を落として朦朧と思案する。勿論婦人方の如く噂話に乗る気は無いけれど思考を煮え切れずに居る理由は彼女への同情では無いし――然れど好奇と云える様な性質の悪い物だ。
嗚呼だって婦人方の噂話は的外れでは無いし慥かに彼女は病に伏せて居たし、
けれど其れでも"死ぬ筈が無かった"、から。
真逆を、想定して仕舞って。
「――でもそうだったとして其れが何々だろうな」
"珍しい事では無い"、少なくとも此処では些細とも。恁うして覗く紅茶の底に、自身の臓を食い荒らす蛇が居れども不思議な事は何一つとして無いのだから。必要ならば掬い上げ不要ならば捨て去る。其れが貴族主義の御決まり事なのだから、――嗚呼、其れなのにも関わらず酷く紅茶が不味いのは?
「嗚呼公爵夫人《ダッチェス》、君が居ないと少々心細い物らしい」
( 御前もそうなのだろう? )勝手に決めつけた心情を茶化す様に傍で横たわる黒猫の横腹をブーツの先端で小突いて遣れば、非難する様な声を一つ上げて鈴の音は遠ざかって往く。愛想振るでも無く御帰りかい、嗚呼本当に可愛気が無くて本当に彼女に似ている。本当に本当に、
いいえシャポリエ、 此の子貴方に似ている、わ?
――ごめんね姉さん。
"There's certainly too much pepper in that soup!"
( 確かにあのスープは胡椒を入れ過ぎね )
* * *
実父が死んでからというものの自身の存在が上手く掴めない。
嗚呼真逆。 指先で終まで掬い上げた彼の体温が緩やかに喪われる際に、自身すらもを引き連れ堕としたとでも云うのだろうか――勿論そうでは無いと幼い頭でも十二分に否定する事が出来る。何せ僕の掌は未だ熱を持っている、墓石に触れることも出来る。今朝焼いたハニートーストの焼け焦げた味さえも憶えている。彼方此方で存在証明は成されていると云うのに、唯々如何しても其処で存在意義を見出せないだけなのだ。――嗚呼だって、誰ももう僕を"認めて"はくれやしないのだろう?( ―Kitty、 )昨日迄此の世界に響いて居た其れには音は乗る事はもう無いし、( Kitty、Kitty! )其の響きに"必要性"を見出せる事ももう二度と無いのだろう。"絶対且つ無償の所望者"を喪失した今、大好きだった其の響きは綴りは今や雑音と落書きと成り果てて無意味な文字列へと変わり果てた。
「なくなってしまったんだよ、なあんにも」
――繋がりも意義も、まるで夢でも醒めた様に正しく彼の一瞬で!
( 嗚呼其れなら僕は如何したら? )
指先だけで撫でる墓土を掻いて掻き出して彼が棺桶へと持ち去った其の響きに縋る所で"墓荒らし"に等しい、唯貪欲に同じ響きを探し求めて誰かしらに請うて与えて貰えど"恥さらし"に等しい。其れならいっそ其れは手向けに捧げよう。だから代わりに、と墓石を撫でて綴りを確りと刻み込むんだ実父が引き連れ堕とした今や雑音と落書きと成り果てた無意味な文字列を。
「ちょうだい、よ」
其れでも縋り付かざるを得ない繋がりとなるならば。
( ―Aristide. )
I shouldn't like to lose it at all because they'd have to give
me another, and it would be almost certain to be an ugly one.
( 名前を全部無くしてしまうのは嫌だわ
そうしたら別の名前が付けられるだろうし、
如何せ酷い名前になるに決まってるもの )
* * *
「パパ、猫だ猫がいるよ」
居ても可笑しくねェだろ猫位、そう云おうとした唇を閉ざしたのは別に其の見解が中途半端な所で揺らいだと云う訳では無くて、其の可愛げの無い黒猫に対して妙な視覚えが在ったからだ。嗚呼何だ未だ生きて居たのか、と一瞬感慨深い気分に陥ったみてみたのは好いけれど、果たして猫とは10の年月を耐えられる様な生き物だっただろうか。そも老いを見付ける所か幼さすらも感じさせる其の姿からして如何やら他人( ―否、他猫? )の空似なのだろう、嗚呼或いは子供なのかもしれないが――だとしたら何て皮肉な御話だろう、と。
( だって彼女、は。 )
「おいでおいで、――。
ねえパパ、この子の名前は知っている?」
「――嗚呼、名前?」「全く此処の料理人、胡椒が多くてかなわない」
だけど猫は識っている
識っているから笑ってる
夫人、夫人、公爵夫人
其れは胡椒《プワーヴル》でも塩《セル》でもない
"取りすぎ躰に悪い"というのは ちいとばかし似ているが!
* * *
彼女が死んだと聞いてから如何にも煮え切らない思考に囚われている。
"子を喪った"其の日から彼女はまるで糸を切られた操り人形の様に唯静かに瞳を伏せ口を噤み、其の口が開いたとしても嗚咽を零すばかりで饒舌な言葉を聞ける事は終に無かった。纏う衣装から迄も華やかさが消えて、選ぶのは決まって装飾の少ない宵色の物ばかり。其れを他の貴族は"日々喪服を着込んで居る様で余りにも憐れだ"と囁いては同情と好奇の視線を投げて居た位で在るし、――嗚呼きっと。今日此の日の彼女の死に関しても甘い紅茶に注ぐ一滴のバニラエッセンス代わりの噂話として取り扱われて、最後には"子の死を気に病んだ末に病に伏せて仕舞われたのね"と結ばれる事になるのだろう。死の理由が濁されている事を、好い事に。
( 嗚呼其れなら俺は如何する? )
小瓶を緩り傾けてミルクを零せば銀の先で紅茶を掻き混ぜて、其の侭ティーカップに視線を落として朦朧と思案する。勿論婦人方の如く噂話に乗る気は無いけれど思考を煮え切れずに居る理由は彼女への同情では無いし――然れど好奇と云える様な性質の悪い物だ。
嗚呼だって婦人方の噂話は的外れでは無いし慥かに彼女は病に伏せて居たし、
けれど其れでも"死ぬ筈が無かった"、から。
真逆を、想定して仕舞って。
「――でもそうだったとして其れが何々だろうな」
"珍しい事では無い"、少なくとも此処では些細とも。恁うして覗く紅茶の底に、自身の臓を食い荒らす蛇が居れども不思議な事は何一つとして無いのだから。必要ならば掬い上げ不要ならば捨て去る。其れが貴族主義の御決まり事なのだから、――嗚呼、其れなのにも関わらず酷く紅茶が不味いのは?
「嗚呼公爵夫人《ダッチェス》、君が居ないと少々心細い物らしい」
( 御前もそうなのだろう? )勝手に決めつけた心情を茶化す様に傍で横たわる黒猫の横腹をブーツの先端で小突いて遣れば、非難する様な声を一つ上げて鈴の音は遠ざかって往く。愛想振るでも無く御帰りかい、嗚呼本当に可愛気が無くて本当に彼女に似ている。本当に本当に、
いいえシャポリエ、 此の子貴方に似ている、わ?
――ごめんね姉さん。
"There's certainly too much pepper in that soup!"
( 確かにあのスープは胡椒を入れ過ぎね )
* * *
実父が死んでからというものの自身の存在が上手く掴めない。
嗚呼真逆。 指先で終まで掬い上げた彼の体温が緩やかに喪われる際に、自身すらもを引き連れ堕としたとでも云うのだろうか――勿論そうでは無いと幼い頭でも十二分に否定する事が出来る。何せ僕の掌は未だ熱を持っている、墓石に触れることも出来る。今朝焼いたハニートーストの焼け焦げた味さえも憶えている。彼方此方で存在証明は成されていると云うのに、唯々如何しても其処で存在意義を見出せないだけなのだ。――嗚呼だって、誰ももう僕を"認めて"はくれやしないのだろう?( ―Kitty、 )昨日迄此の世界に響いて居た其れには音は乗る事はもう無いし、( Kitty、Kitty! )其の響きに"必要性"を見出せる事ももう二度と無いのだろう。"絶対且つ無償の所望者"を喪失した今、大好きだった其の響きは綴りは今や雑音と落書きと成り果てて無意味な文字列へと変わり果てた。
「なくなってしまったんだよ、なあんにも」
――繋がりも意義も、まるで夢でも醒めた様に正しく彼の一瞬で!
( 嗚呼其れなら僕は如何したら? )
指先だけで撫でる墓土を掻いて掻き出して彼が棺桶へと持ち去った其の響きに縋る所で"墓荒らし"に等しい、唯貪欲に同じ響きを探し求めて誰かしらに請うて与えて貰えど"恥さらし"に等しい。其れならいっそ其れは手向けに捧げよう。だから代わりに、と墓石を撫でて綴りを確りと刻み込むんだ実父が引き連れ堕とした今や雑音と落書きと成り果てた無意味な文字列を。
「ちょうだい、よ」
其れでも縋り付かざるを得ない繋がりとなるならば。
( ―Aristide. )
I shouldn't like to lose it at all because they'd have to give
me another, and it would be almost certain to be an ugly one.
( 名前を全部無くしてしまうのは嫌だわ
そうしたら別の名前が付けられるだろうし、
如何せ酷い名前になるに決まってるもの )
* * *
「パパ、猫だ猫がいるよ」
居ても可笑しくねェだろ猫位、そう云おうとした唇を閉ざしたのは別に其の見解が中途半端な所で揺らいだと云う訳では無くて、其の可愛げの無い黒猫に対して妙な視覚えが在ったからだ。嗚呼何だ未だ生きて居たのか、と一瞬感慨深い気分に陥ったみてみたのは好いけれど、果たして猫とは10の年月を耐えられる様な生き物だっただろうか。そも老いを見付ける所か幼さすらも感じさせる其の姿からして如何やら他人( ―否、他猫? )の空似なのだろう、嗚呼或いは子供なのかもしれないが――だとしたら何て皮肉な御話だろう、と。
( だって彼女、は。 )
「おいでおいで、――。
ねえパパ、この子の名前は知っている?」
「呼び掛ける名前が無いと不便、でしょう」
人間相手でも差ほど交友関係が多いとは云えない俺に何を求めてと云うのか此奴は。思わず見上げる赤の瞳に胡乱な視線を返せど其の顔が余りに至極真面目な物だと気付けば小さく息を吐いて、其の侭黒猫へとずらした。惚ける様に首を傾げる姿は慥かに"どちらの彼女"にも似ては居るが此の子の名前迄知っている訳が無い、そもそも名前が在るかも判らない。唯一持ち合わせている情報ですらもが不確かで在る、――が。
「――嗚呼確か親の名は"公爵夫人"だッたかな。
生憎と其の子の紹介は未だ頂いて無いが機会も同様だろう。
だから適当に呼べば好い。」
「、ああ。 それなら、」
「君のことは公爵夫人と呼ぼうかな。」
「――は? おい、如何云う理屈だそりぁア。」
子供の好奇心には程良い適当さ、と与えた投げ遣りな答えた其れに対して同質の物が返って来たとしても文句を云える義理は何一ツだって無いけれど、其れにしたって"其れなら子爵だね"と口に出来る程の発想の転換位は求めたい。普段は海の話から森の話に飛び移る程に思考の螺旋が緩んで居るのに如何して今になって強く巻かれて居るのだか。彼の発想力とは10の年月を耐えられぬ様な物だったと云うならば義父として嘆かざるを得ないのだけれど、肝心の御本人様は親の心を知らずに最早確定事項らしい呼び名で猫を誘い込もうとして居る。おいでおいで公爵夫人、嗚呼其れで来るものか。
「――そうは云うけどパパ、
家族との繋がりは些細なものでもないとさみしいでしょう。」
「は、あ」
「けれど猫にファミリーネームを名乗る習慣は無いし、
僕等に猫のファミリーネームを呼び掛ける習慣も無い。
其れなら手っ取り早く名前としてしまった方がきっといい。
だからこの子は公爵夫人さ ね?」
――そう云う物だろうか。 然し、を唱えようと思えど黒猫は其れで納得して仕舞ったのだろう。何時の間にやら彼の指先に顔を擦り寄せて喉を鳴らし、彼も其れに答える様に頭を包み込む様にして撫でて居る――少し目を離した隙に随分と仲良くなって、其の上愛想を振りまける様にもなって。嗚呼もしかしたら或いは空似の方なのかもしれない何て思えども。 繋がり、ね。慥かに恁うして名が一人歩きでもすれば少しの間でも羊皮紙の端、"彼女"が居続ける様な錯覚にでも陥られるのだろうか。( 視線に踏み居る宵色を見付けては、邸中の窓枠から其れを恋しげに見詰めては頬を濡らした公爵夫人の御話を思い出したりし、て )――嗚呼そもそも彼の黒猫に其の名を付けたのだって。
「――にしても御前矢鱈嬉しそうじゃねェか、
猫好きだッけか御前?」
「ああうん、――まあね。
ほら、先生は流石にペットの代わりは演じてくれないから」
( 御前もそうなのだろう?――公爵夫人 )
彼女の代わりに、と云う物だったのだから。
However, it only grinned a little wider.
( けれど猫はにやにや笑いを深めただけでした )
****
in アクスヘイム 発掘。
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TW3 PC(c00974他)の呟き。角砂糖一個分でも不快感を感じた方は華麗にユーターン。
(IC等の作品は『エンドブレイカー!』用のイラストとしてPLが作成を依頼したもの。
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